エルガーのソナタは「曰く付き」?!(2017年1月17日)

先日(日曜)は京都・カフェモンタージュでのエルガーのリハーサルでした。市内全体が積雪に見舞われ、夕方も夜もずっと勢いよく雪が降っていました。
カフェモンタージュは、音楽愛好家や少々のいわゆるオタク・レベルの人たちが熱心に集まる場所です。エルガー・マニアの方もおられて、話が通じるのはとてもいいものですね。今週土曜日の公演まで残すところあと4日となりましたが、とても楽しみです。
予約URLはこちら ==> http://www.cafe-montage.com/prg/170121.html

 

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そもそもエルガーのソナタは、どんな曲なのでしょうか?
音楽は人間の生活や様々な概念を反映するものであることを以前のブログで触れました。それを理解するにあたっては、作曲者の意図を読み取ることが不可欠となります。作曲者の意図は、自身の置かれた状況、時代背景、家庭環境、過去の教育過程、物事への価値観、哲学、信念などあらゆるものが関っているでしょう。しかしそのすべては、記譜された音符や曲想表示などから以外に見つけ出すことはできません。いわゆる暗号のようなものです。なので、作曲者が意図した内容を知ることは、曲を解釈するための鍵になるわけです。
時代は今から約100年前の1918年(エルガー61歳)。この頃、すぐに終わるだろうという予想を裏切る展開で長期化した第一次世界大戦も終盤にさしかかっていました。参戦していたイギリスでも、敵国ドイツの惨たらしいありさまは国民に伝わっていました。ロンドンでは毎晩のようにドイツ軍による空襲があり、人々の家、軍事施設などが次々と焼き尽くされていきました。(私の知る限りでは、応急処置としてロンドン市営地下鉄の駅を防空壕代わりに利用し、プラットフォームを寝床にする人々も大勢いたようです。) そんな中で、人々は日が過ぎるごとに疲労困憊の状態に陥りました。生存者の多くには心が廃れていくのを感じる者もいました。
エルガーにとってこの戦争はどのように影響をもたらしたのでしょうか?著者マイケル・ケネディは、エルガーが究極の絶望感を味わったことについて述べています。若い頃から孤独を好んだエルガーですが、この時期にも都会から離れて平和な暮らしをしたいと願うようになり、サセックス州のブリンクウェルズにあるコテージ(小別荘)に落ち着くようになりました。当時に書かれた手紙には、彼の心境を的確に物語る、良き友人のシュスターへの一通があります。
「盛夏(!)と素敵な暖かいこの頃を過ごしていることだろうね。気分は良くなったが、世の中の流れにはのっていけないし、そんな気にもなれないよ。魚を少々採り、読書をし、パイプをくゆらせているが(ありがたや!)、本当に会いたいと思うのは君を含めて6人だ、もちろん君はその中でも第1人だがね …」
Elgar's first home in Worcester
ウースターにあるエルガーの生家
エルガーのソナタは1918年10月1日に完成したとあり、それらの手紙などから察すると、作曲時期は同年の8月から9月にかけてとみられます。場所は主にブリンクウェルズのコテージ。ここには、エルガーをよく知るヴァイオリニスト、ウィリアム=ヘンリー・リードが頻繁に訪れ、作曲に合わせて曲を試奏することがよくありました。ちなみに彼は後にこの曲の公開初演(翌年3月、エオリアンホールにて)にも携わっています。エルガーの妻アリスは、この作品の出来栄えに大いに喜んで、「林の魔法だわ(コテージの庭先にある林をエルガーが散歩していたことから)。とても繊細で説明しにくい。」と言っています。中でもソナタの第2楽章はこれ以上はないくらい素晴らしい出来だといいます。
曲全体を哀愁に満ちた雰囲気が覆い、作風としては初期に書かれた数々の小品に似たものを感じます。どの楽章の叙情的な旋律にも、ウースターシャーにいた頃(主に1860~70年代)の過去を名残惜しむエルガーの姿が見事に描かれています。ソナタの冒頭にあるresoluto (訳:決然とした)は、第1楽章の大胆で活力溢れた(エルガーによる説明)特徴を指しています。活気さに溢れながら、彼の作品の数々に遍在する威厳も備えているといったところです。
しかし、「ロマンス」と題された第2楽章以降には、どうやら不幸な出来事が絡んでいるようです。エルガーの手紙によれば、第2楽章は知人アリス・スチュアートが足を損傷する事故に遭ったという電報が届いたすぐ後に書かれました。エルガーは、彼女に譜面と手紙を送りました(9月11日)。冒頭は多少異国風で、その謎につつまれた奇妙な雰囲気は「気まぐれ女」(1891年作曲)と似たところもあります。そのあとにある中間部には、高貴さと感傷的性質を兼ね備えたメロディーがあり、このソナタ全体の一番の見せ場です。超自然的というか、哀愁というか、悲しさというか、言葉で表現しきれないこの感情はいったい何でしょうか?
ソナタの第1楽章がホ短調で始まったのに対し、最終楽章はホ長調で始まります。重々しい空気から少し抜け出したような感じかもしれません。エルガーはこの作品をエルガー家にとっての旧友であったマリー・ジョシュアに献呈することにしました。ところが、献呈者の名前を書き入れた4日後に彼女は亡くなってしまいます。エルガーは彼女の死を偲んで、この最終楽章のコーダの前に 第2楽章(ロマンス)で用いた中間部の旋律を蘇らせています。様々な感情が入り混じっているのがよくわかります。エルガーは、それらの複雑な感情を、冒頭の広々とした爽やかな主題に始まり、ワーグナーの半音階的性質を含んだ移行部分を挟み込んで懐古調の中間部につなげ、壮大な終結部に向かって高揚させることでうまくまとめ上げようとしています。
ここまでソナタの全貌をざっと説明してきました。もちろん、これらは作曲者の心理・意図をつかむにおいては、所詮、側面の一つにすぎません。ただ、意外な一面も見えたかと思いますし、曲の全体像を把握するのに少しでも役立てばと思います。

 

 

 

 

 

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