カール・フレッシュの音階教本が最良ではない理由 (2017年8月31日)

誰もが目にしたことのあるあの音階教本。

ヴァイオリンを学んだ私たち皆がどこかしらの基点で用いたことのあるカール・フレッシュ版スケール。

全24調にマニュアルのごとく同様のフィンガーリング(指使い)が当てはめられ、その単純明快さにヴァイオリンを学ぶ人々は魅了されました。今日でも音楽学校の試験やオーディションなどの課題にもあげられるなど、出版以来世界中で広く普及しています。
ある意味革命的なものだったといえるのかもしれません。
150ページにも及ぶ分厚い教本を手にとり、譜面台へ置く。
そしてその教本を開きページをぺらぺらと捲り、選んだD minor (二短調)にたどり着く。
譜面に書かれている指示・記号等を見て、第5・6・7・8・9・10番のスケール&アルペジオを淡々と弾き始める。まさに単純作業ともいえるプロセスで、「これだけ?結構楽なんだなあ(物足りない気もする)」という具合。

単純作業?!

しかし、このフレッシュの教本には問題点があります。
人間の手には1~4の指があり、冒頭でも既に4つの指使いのパターンが存在します。ところが、譜面を見ると、1通りかせいぜい2通りの指使いしか与えられていません。
例として、二短調のスケールでは1音目の上に「2」と書かれており、第3ポジションで始めるとわかります。ですから、誰もが第3ポジションから始めてこのスケールを弾くわけです。あたかもこれが唯一の指使いとして認められているかのように。
しかし、もし第1ポジションすなわち4の指で始めたらどうなるでしょうか?
もしくは第2ポジションすなわち3の指では?
または第4ポジションすなわち1の指では?
これら全てのパターンにおいて、シフティングと指の弦をまたぐ移動のタイミングが全て変わってくるのが容易に理解できます。

 

 無論、これらの指使いの中には実際の奏法でよく使われるものとそうでないものがあります。
ヴィエニアフスキ、パガニーニ、イザイなどの名ヴァイオリニストたちが残したヴァイオリン協奏曲などは、おおよそ従来の習わしに沿った指使いがとてもよく合う音列が多くなるように書かれています。
しかしシューマンやその他ヴァイオリニストではない作曲家が残した作品は、ヴァイオリンの特性を生かし切れていない場合も多く、”伝統的”指使いがあまり有効ではなくなってしまうわけです。
これが、あらゆる指使いを試して練習しておかなければならない最大の理由でしょう。
私自身はこのスケールを全ての指使いのパターンで練習済みで、どのパターンにも全く違和感はありません。
しかし今までの中で、ワン・パターンの指使いに執着してきた生徒さんたちが、いざ曲の難しいパッセージや慣れない状況に遭遇したときに大変苦労しているのを数多く見てきました。
あまりにその指使いが頭から離れず、他の解決策が思いつかないわけです。
そして最適の指使いを見つけようとやっていくうちに、指使いの共通点が散見され、この限界のようなものがどこから生じているのかがわかってくるわけです。

その元となっているのが、ずばりフレッシュの音階、ということです。

スタンダード。
安定感あり。
論理的。
これらはもちろんフレッシュの教本の肯定的な印象ではあります。
しかし残念ながら変則性に欠け、学習者をお決まりの指使いに囚われさせ、それが唯一の弾き方だと信じ込ませてしまうマイナス面もあり、最先端のスケール本とは言い難いでしょう。
フレッシュは、一つの手引きとして最も無難な指使いを選択し教本に書き記したわけですが、当然これだけがただ一つの弾き方というわけではないのです。
ですから、そこにこだわり続けると、技巧的・音楽的に重要な個所で指使いの選択肢が限られ、非常に困難な状況に陥ってしまいます。
卵をフライパンで炒める調理方法しかできない料理人のように、使い物にならないわけです。
我々音楽家の役割は、技巧的にスムーズで滞りなく不要なアクセントもなく尚且つ音楽のフレーズに合った指使いはどれなのかということを見極め、日頃からそのような指使いを練習で準備して温めておくことです。
とはいうものの、大多数の演奏家は、正しい音程で弾くこと(これはもちろん大変重要なことです!)こと以外に気を配る余裕がないのが現実です。
ヴァイオリン演奏において忘れてはならない3つの大切な要素があります:
  1. 音程
  2. リズム・拍感
  3. 音質
(実を言うと、4つ目の要素として身体的解放感というのがあります。上記の3つが基本ですが、4つ目はプラスアルファで、よりハイレベルな演奏を志す音楽家にとっては重要なものです。)
では、これらの要素をどうやって鍛錬していけばよいのでしょうか?
これには、喜ばしい答えと喜ばしくない答えの両方があります。
まず喜ばしい方の答えとしては、このスケール&アルペジオの基礎から応用までを徹底的に整理しまとめた教本(サイモン・フィッシャー著、ペーター版)があります。
フィッシャー師が本書中にも書いていますが、音階が最も高水準で演奏されるとき、音程・リズム・音質の全てにおいて均一にそろっており、これがまさにこの音階トレーニングの目的です。本書では、各音階構成音の位置取りやその他の構成音との関係を捉える過程から、メトロノーム速度表示付きの練習まで、音階を積み木のように1個ずつ組み立てていく方法が詳細に記されています。すでに何をすればよいのかが書かれているため、単純にそれに従ってスケールを練習すればよく、考えることに時間とエネルギーを割く必要がないのです。

 

以下は本書に含まれている内容:
  • 音階にあるそれぞれの音の音程の取り方
  • 全音/半音のパターンの練習 (長短音階には必ず全音と半音が両方存在)
  • 2オクターヴ間におけるスケール&アルペジオ
  • 3オクターヴ間におけるスケール&アルペジオ
  • 1つの弦から次の弦へ移動するときの、小指から人差し指または人差し指から小指の受け渡し的運動の練習
  • ポジション移動の間に合わせ、指の準備の練習
  • 速い音符での指の独立した運動やメトロノームによるテンポごとの音階練習
などなど、この他にも多数あり、全体で200ページほどに及びます。

 

一方、喜ばしくない方はというと、1日に扱うことのできる量には限度があり、これらの練習項目を全て一度にこなすことは残念ながら困難です。その他のエチュードやさらわなければならない曲がある中で、この音階練習にかける時間が増えるとそれだけ負担も大きくなり、曲などにかける時間がなくなってしまうという事態は望ましくありません。
音階練習はあくまで、150%程度の準備をして100%以上の力を発揮することができるようにするためのものです。それによって、曲などの練習が少しでも円滑で容易に運ぶようにするためのものが、負担となって曲の練習に差し支えるようであればむしろ逆効果となってしまいます。
ですから、全部を一度にやろうとしてはいけません。範囲を定めて日ごとに細かく分割して練習の冒頭の1時間程度に収めておくのです。例えば1日目は2オクターブの長調スケール&アルペジオのみ、2日目は短調スケール&アルペジオのみ、3日目は長短の重音3度のみ、といった具合に効率よく進めていかなければなりません。こうすることで、少しずつの積み重ねで変化が生まれ、より少ない時間でより速い成果が出るようになるわけです。

「骨折り」ではなく「効率化」が鍵!

※注意事項:この音階教本はいわゆる上級者・中級者が対象で、さらなるテクニックの飛躍を求めた人に向けられたものです。年齢的には少なくとも15~16歳程度の生徒に適しています。

 

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