時間を無駄にする9つの練習方法(2017年9月30日)

今日は9月30日で、もう秋という季節がすぐそこになりました。
時間の感覚というのはとても不思議なもので、速く感じたり遅く感じたりするものではあります。しかし現実には、時計はただ刻々と時を刻みのみで、決して元へ戻ることはありません。私たちの人生は毎秒どんどん短くなっていくのです。
人間の権利と同様に、私たちが生まれた時から平等に与えらえている『時間』。
しかしながら、世の中では人生の終わりに差し掛かったときに、

多くのことをやりとげた人たち    と    あまり多くをやりとげることができなかった人たち

に分かれてしまいます。
シェークスピアの劇作品に次のような台詞があります:

“I wasted time, and now doth time waste me.”

直訳すると、「私は時間を浪費し、今や時間が私を浪費している。」となります。
つまり、時間を笑うものは時間に泣く、という趣旨。
21世紀となった現在では、これまでになく環境がテクノロジーや電子機器であふれかえっています。そのため、こうした気を紛らわせるものから自分の時間を守り、より多くのことやり尽くすための時間の管理を徹底するための能力が不可欠になりつつあります。
あなたは今まででどれだけの時間を無駄にしたと思いますか?
時間の浪費方法がどれだけたくさんあるでしょうか?
音楽家にとって、目標を達成するための決定的な要因となるのは、「生産性」に他なりません。
なぜそう言い切れるのかと思うかもしれません。
私は20年以上のキャリアで数々のコンサートやコンクールを通して、失敗も成功も両方経験しています。そうして、実際に音楽の練習においての「生産性」の向上・最適化に関してはよく知り尽くしています。
もし、あなたが思うようにパフォーマンスを向上することができずに苦労しているというのなら、ここでまさにその原因となる時間浪費について知って下さい。
実態としては残念ながら、多くの人は1日にどれだけたくさん練習できるか、そしてどれだけ長く練習できるか、ということに頭がいってしまいます。
活発的ではあっても、効果的とはいえません。
頭ではできるだけ練習量を多くしたいと思っても、人間の時間と体力は際限なくあるわけではありません。

それでは、生産性をアップするために具体的に何をすればよいのでしょうか?

それがまさにこの今日のテーマなのです。
大学生活がはるか先に終わって、自力での練習・研究が主となった近頃、練習を進めていくうちに、数週間もしくは数か月に及ぶ犠牲につながる気づきにくい欠陥なるものを発見していました。
それは、自分の体力を奪い無にしてしまう大きな抜け穴のようなものです。ざるで水を汲むという例えが適しているかもしれません。もしあなたが音楽家なら、おそらく最低でも1つの生産性に関わる時間の抜け穴が潜んでいるでしょう。
下記がその時間浪費につながる9つの原因をまとめたものです。
1. 精神状態が生産的な練習をするに適していない
何となくやる気が出ない、良い時のように調子がおもわしくない、なんていう日がありませんか?
私も、感情・精神のコントロールが完全ではなかった未熟な頃には、そんな日がよくありました。
「そもそもなぜ私は音楽をやっているのだろう?」と考えたり、
「膨大な量の退屈なプロセスに圧倒され、とてもやり切れる気がしない」と感じたりしつつ、
なおも強引に練習に入ろうとしていませんか?
多くの人が理解しなければならないことは、劣悪な気分や精神状態で大事なことを成し遂げようとすることは何をするにも悪影響になる、ということです。
半端な練習をするよりは、睡眠をとったほうがむしろ良いこともあるわけです。
音楽家にとっての練習は、楽曲を取り巻く感情と取り合いながら演奏的側面と感情を切り離す精神的コントロールもまた同時に求められるため、精神状態の良・悪は他のどんな職業よりも大きく関係しているといえるでしょう。
何も生産的なことができないままに時間をやり過ごすのはいとも簡単なことです。
もし上に書いたような状態に陥った場合は、即座に練習しようとするのはやめましょう。
少し距離を置いて、なぜ音楽をやっているのかという根本の動機に立ち返ってみることが大切です。ゆっくり落ち着いて気分を良い方向へと導きましょう。そのために、数分間黙想する、ポジティブになれるメッセージを頭の中で繰り返す、体を思いっきり動かしまくる、大声で叫ぶ、など何でもよいのです。重要なのは、精神状態をうまく建て直してモチベーションを取り戻すこと。そうすることで、精神と体の中で緊張感が生まれ、やがて気分が高揚していきドーパミンが分泌されてやる気に満ちた状態になります。そしてやる気に満ちた状態になれば、練習もぐんと捗るようになるのです。
2. 悪いフォームで練習している
今日身体のいずれかの部位でうずきや痛みを抱える音楽家は全体の過半数にもおよび、その数は増えつづける一方となっています。
首が痛い、肩がだるい、背筋が痛い、関節が思うように動かない…。
これらの最大の原因は、やはり楽器を持ったときの立ち方と胴体の動かし方にあります。
そしてこれはどんな代償につながるか?というと…
度重なる診療や手術にかかる多額の費用はもちろん、何か月か何年にもわたって断続的にしか練習ができなかったり、まったく練習できないという状態が訪れます。そうすると、貴重な人生の時間を棒に振ってしまいます。
マッサージなどの療法も少しは効果があるかもしれませんが、ほんの一時的な効果しか期待できないでしょう。その後悪化する可能性もあります。
正しいフォームを身につけない限り、身体的問題が自然となくなることはまずありません。
私は生徒にはいつも腹に力を入れるように指導しています。それはなぜか?腹は体全体を支える中心の部分だからです。器楽奏者であろうと声楽家であろうと、この基本は同じです。腹に力を集めておけば、肩や手などの部分の力はおのずと抜くことができます。そうすれば、最小限の努力で求める最高の音が出せるのです。
そして、真っ直ぐに立ち、肩を下すこと。
3. (メールやSNSを確認するために)携帯電話を見て、そのたびに練習が中断する
至ってあたりまえの事ですが、これはありふれた光景でもあります。まだ大学にいた頃、よく歩いた通路の両側に面した練習室を見て、ほぼどの部屋にいる通信機器画面を眺める生徒の多さに驚いていました(20年前ならこんな光景は絶対になかったでしょう)。少なくとも2、3分おきにはこれら大半の生徒が携帯などに気を取られていたわけです。
それだけではありません。マッキンジー・グローバル機関の最近の調査によれば「平均的な社会人は仕事を3分5秒おきに中断している」という衝撃的な事実が判明しました。
これはどういうことかというと、つまり理論的には、中断前にやっていた作業に体も精神状態も完全に戻れるには実に23分もかかってしまう、ということなのです。
恐ろしいことですよね?
これら注意を削ぐ故となるものは大半がいろんな人からの呼びかけや問い合わせなどに対応したりする状況で起こっています。私も過去にレッスンや練習の際に、電話や門のベル、誰かがドアをノックするなどで事が中断せざるを得ないことがしばしばあり、苛立たしく感じていました。
そして残りの原因はというと、それはほかならぬ自分自身の一つ一つの行動によるものなのです。日々の自分自身の振る舞いをよく振り返ってみてください。例えば、スナップチャットやインスタを覗くたびに、23分もの時間を浪費し練習の進行を妨げていることになります。つまり、自分の手で自分の注意を逸らしているということです。
たった3分おきに物事が中断してしまっては、何一つやり遂げることはできません。生産性の向上を図るためには、このような穴を無くしていく必要があります。
練習中であっても、その他の重要な作業に打ち込んでいる時であっても、私は携帯電話の電源を完全にオフ(シャットダウン)にします。 何かが鳴って反応してしまうというのは、変えようのない人間の習性です。集中できる環境を自分で作るということも重要な解決策にちがいありません。
そして、シャットダウンという言葉で思い出したのが、
4. 頭が現在進行形状態で集中した練習ができていない
かなり心理学的・物理学的領域でなんとなく理解しにくい事ですが、簡単にいうとこういうことです:
楽譜を目で追いながら、楽器をかまえて練習をしているけれど、脳がピンポイントでフォーカスされていない。どこかで無意識のうちに他の事を考えている自分がいる。
いわば頭が一瞬シャットダウンしてしまったような状態。
心当たりはありませんか?
あるはずです。なぜなら、これは知らず知らずのうちに誰にでも起こってしまう現象だからです。そもそも人間の脳は、ノンストップで集中できるようにはなっていません。カール・ユングの研究からも、我々が下す全ての行動、選択、意志決定は、それらが表となって下される前に脳内ですでに潜在的に確定しているのだということが明らかになっています。つまり、集中しなければならないという自制心=「意識」、そしてその現実から逃げようとする別の感情=「無意識」が共存しているのです。脳科学の世界では、前者が右脳、後者が左脳の役割であるとしていますが、この知らず知らずのうちに起こる出来事をコントロールするには一定の訓練が不可欠になってきます。
楽曲を練習・研究するにあたって重要な働きをするのが、視覚・聴覚・触覚・知覚(脳)の4つです。これらの4つは互いに足りないものを補足し合ってバランスをとりながら、記憶を形成します。そして、上達するために私たちはいつでもその記憶に沿って過去に習得した内容とこれから習得する内容を関連させる という作業を脳にさせているわけです。そしてもちろん、身体的運動が無意識に自然とできるようになり、脳の働きが必要なくなることが最終目標です。もしこの知覚が働かないと、記憶の一部は空白となり、習得した事柄が順序良くまとめられないことになります。そのため、その空白の箇所に来たときに脳が指令を出せず、手が動くべき様に動いてくれないのです。そうなると、何をやろうが一からまたやり直さなければならず、時間がとてももったいなくなります。
残念ながら、無意識をなくすことはできません。この問題を解決するにはまず、どこで集中が切れ脳がシャットダウンしてしまったかに早く気付くことです。気づいたらその瞬間に立ち止まって、焦点を元に戻すまでは練習を停止しましょう。そして、これを習慣として何度も継続し、無意識の精神状態を強くしていくのです。繰り返すことで切り替えが速くなっていき、やがて集中の途切れた瞬間というのがほとんどなくなっていくでしょう。
5. 耳を使って自分の音を注意深く聴いていない
4項目と内容が重なる部分もありますが、単なる五大感覚としてではなく、より根本的な意味での聴く能力についてです。自分の音を聴かないことと時間の無駄がどう関係するのでしょうか?
偉大なるピアニスト、ダニエル・バレンボイムが、2008年に出版された著書『全てはつながっている(音楽の力)』の中で、幼い頃から耳よりも目に頼って物事を認識する習慣が我々の聴く能力に与える影響について深く述べています。
ここではもう少し掘り下げていきたいと思います。
私たちは器楽のレッスンにおいて、音程・リズム・音色にほとんどの時間を費やします。特に弦楽器の場合、ヴィブラート(幅が広い/狭い・速い/遅い)や弓のスピード、圧力、駒との距離など、音を聴くだけで実際に何が起こっているかがよくわかるのです。つまり、音の中に問題の発見につながるヒントが隠されているということです。
練習をする際に自分の耳を使って音に注意を凝らせば、自分で問題を発見できるだけでなく、その問題をどのように解決すればよいのかさえわかります。毎回のレッスンで指導者が生徒自身で聴くことのできるはずの音に関して指摘することに時間を割くのはとても馬鹿げた、勿体ないことです。しかし多くの生徒や音楽家が、音を弾くだけでは不十分である、弾きながら聴くという能力に全く関心を持てていないというのが現状です。
6. 新しい曲を練習しはじめたときに、間違った音を弾いてしまう
物事が新鮮なうちは、脳もまだ柔軟でたくさんのことを取り入れる余裕があります。しかし程なくして、同じ内容を数回反復するうちに新しい神経の道筋ができ、習慣となってからは、たとえそれが好ましいものでなくても、そう簡単に忘れられるものではなくなります。
1度でも間違った音を弾くと、手や耳がそれを覚えてしまい、直すのが難しくなるのです。
始め良ければ終わり良し、始めが悪ければ良い終わりはなし、ということ。
ですから、譜読みの際には細心の注意を払って音をインプットしていく必要があるということですね。
7. 実際の寸法に合った計算がされていない
曲の練習を進めていくなかで、実際より遅いテンポで練習する必要のある箇所が多くの曲に存在します。細かい音符が並ぶ所、跳躍の多い所、重音、その他動きが厄介な所など。このとき、当然すべてがゆっくりになるはずです。そしてそれによって発生するエネルギーも実際より少なくなるはずです。
それにもかかわらず、音そのもの速度が落ちても弓スピードが元のままだったり、弓を使う量が多いままだったりという人が中にはいます。もしテンポを4分の1に落としたなら、弓スピードも4分の1に、そしてそれに応じて弓の量も計算してコントロールしなければなりません。
4項目で書いた内容に関連する部分もありますが、ちょっとした違いが大きな違いを生むことにつながります。ゆっくりのテンポで練習したときの右手と左手の兼ね合いに変化があると、もちろん通常のテンポでは混乱が生じます。この点を頭に入れて練習しないと、通常のテンポには役に立たず、結局のところ時間の無駄になるだけなのです。
8. 具体的な計画をもたずに練習を始める
20年以上のキャリアの中で、最も多くされた質問の一つが「1日何時間練習していますか?」「1日何時間練習すればよいですか?」でした。特に日本やアジアの人には何度もこれを聞かれました。私はこれに多少驚くと同時に、ある種の疑念を抱いていました。なぜこれほど多くの人たちが練習時間などの数字にこだわるのか?なぜ肝心な「練習方法」については誰も考えもしないのか?と。
スポーツ選手やオリンピックのメダリストなどに聴いてみてください。彼らは結果を出すことにたけているため、方法論にもっぱらこだわります。彼らはきっと「量よりも質だ」と答えるでしょう。そして時間についてよりも、どのような練習計画をしているのかについて詳細に教えてくれるかもしれません。
私は、かなりの長時間の練習をするときは特にそうでしたが(12時間や13時間など)、練習する前に何を練習しどのように時間を割り当てるかという予定をあらかじめ立てて紙に書き、それを手元において練習していました。なので、考えたり悩んだりすることに時間を割く必要がなく、滞りなく練習が進み、次の日には自画自賛してもいいくらい信じられないほどの変化・進歩があり、達成感がありました。正直に言いますが、もちろん私は毎日こんなには練習していませんよ。時間でいうなら実際はこれよりはるかに少ないのです。
だらだらと13時間練習してもなんの意味もありません。本当に密度の濃い練習を毎日するのは大変なことなのです。長時間やればやるほど上達するわけでもありません。大切なのはどこに一番時間を割くのが適当かという判断をすること。優先順位を考え、曲の最も難しいところを拾い出して、そこだけを集中的に練習するのです。至って理性的なアプローチで、プロフェッショナルのオーケストラもこの考え方を基礎としてリハーサルを進めているのです。
多くの人は練習を始める際に、これといった計画が何もありません。時間の使い方をわからず、ただ何となく練習をし、練習を終えても依然とほとんど進歩しないというのはよくあることです。このため、私なら5時間もあればできるだろうと思うことでも2~3週間かかってしまうわけです。
私たちにある時間はもとから限られています。1日が24時間で、練習以外にやらなければならないこと(食事や睡眠、休憩はもちろんその他にも練習ではないけれど必要なこと)もあります。時計の針がどれだけ進んだかに捉われるのではなく、「どれだけ密度の濃い練習ができるか」がポイントですから、頭をよく使って効率よく練習しなければなりません。賢くなること、そして効率をよくすることが生産性の向上につながり、短時間で上質の練習に至るのです。
9. 行った練習を振り返り翌日の練習に役立てる、というプロセスがない
同じ事の繰り返しだけが練習ではありません。
そして練習だけが音楽活動の全てでもありません。
1日の練習を終えて、自分が何を感じたか?進展はあったか?
進展があったなら、やり方は間違っていなかったということで継続していけばよいでしょう。もし進展がなかったのなら、やり方を変えることも考えなければならないでしょう。長い期間練習そのものに没頭していると、方向性を失いやすくなります。練習に没頭することは大切ですが、一度立ち止まって振り返り、「何が足りないか?」「今日の練習に無駄な部分はなかったか?」「他のやり方を試す必要はないか?」という問いかけは、練習が補うことのできない重要な要素です。
全9項目を見てどうでしたか?これら全てに共通しているのは実は精神的な側面であるということが分かったかと思います。少し冷静になって気が付けばすぐに改善できることなのです。簡単なことではありませんが、物事そのものは複雑ではないのです。全ては考え方次第、頭の使い方次第、ということですから、いわば誰にだって実行可能なわけです。もちろんこれらの知恵を生かすか殺すかは自分次第ですが…。

 

松川 暉

 

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