ギドン・クレーメルはなぜロック音楽しか聴かないのか?(2017年11月30日)

私はまだ道半ばの学生だった頃、極めて頻繁にコンサート会場を出入りしていました。それこそ毎日連続でコンサートを聴きに行ったこともあるほどです。
そして、半端ない数の録音(CDやビデオ)を家の中でも車の中でも聴いていました。
その頃は、それらの演奏が良いか悪いかはあまり気にも留めていませんでした。
まるで店頭でいつでも衣装を物色している飽きっぽい性格の女性のように、とにかく何でもいいからと片っ端からあらゆる録音を聴き漁(あさ)っていたわけです。
とりわけ最も良くなかったのが、自分の考えに基づいて選んだものではなく、他人が薦めたものだったという点です。

 

全ては「環境」で決まる

多くの人は、自らが置かれた環境がその後の進歩や習慣を決定づける最重要なものであることにまだあまり気付くことができていません。
それが人間であれ物体であれ、実際の世界であれインターネット上の世界であれ、私たちは「無意識」に影響を受けています。無意識なので、同じ環境にいる限り影響を受けないようにしようとしても無理です。
想像してみてください:
学校において、もしあなたに授業を参加しない友達がほとんどだったら、規則正しく参加することはあなたにとってより簡単か、それともより難しいか?
もしあなたの同僚が悪い姿勢で歩いたり話したりする人たちだったら、同じく悪い姿勢で歩いたり話したりするのはあなたにとってより簡単か、それともより難しいか?
もしあなたがYouTubeで特定の歌手だけを観ていた場合、その歌手とは違った風に歌うことはあなたにとってより簡単か、それともより難しいか?
私はまだ強い自我というものがなかったため、右から引っ張られれば右へ、左から引っ張られば左へと傾き、不安定なものでした。
盲目というか、制御がかからないという状態。
何を採って何を捨てるかという自分なりの基準や境界線もなかったのですから。
ただ、最も偉大で尊敬される芸術家で指導者でもあるシュロモ・ミンツに10年以上前に巡り合ってから、全ては変わりました。
彼は素晴らしい人たちが住む世界、輝かしい未来や希望の世界、立派な音の世界、英知や啓発の世界、課題に取り組むことや成長していく世界を、長々と話をするのではなく、実際に体現することで至って簡潔に示してくれたのです。
たとえたった1日でも彼のような偉大な人物と過ごすことができれば、それだけで20年分かそれ以上の教育の価値があるでしょう。
これが環境のもつ凄い力なのです。
それ以降は自分が求めるものが何であるかが具現化されていったこともあり、2割ほどのものが選択肢に入る一方、あとのものは切り捨てるというのが私自身の習慣になっています。
もちろん、偏見なく心を広くもつことは大切です。
そしてもちろん、新しい知識を取り入れていくことは大切です。
しかし、それには明確な目的が伴っていなければなりません。
そして、正しい所からその知識や情報を取り入れる必要があります。
他人のアドバイスを聞くことや新しいことに挑戦することが良いからといって、何でもかんでも聞き入れるわけにはいきません。それは、個人的な意見は誰でも言えることであっても、そのうちの多くの人は結局他人をあてにするだけで目的地のない迷路を歩き回るだけに終始してしまっているからです。
実際にあなたがイメージする世界を生きる人、あなたが目指す道を通った実績のある人のアドバイスを参考にする必要があるのです。そういった経験がその後の行動計画や結果につながる重要なものだからです。
もちろんたいていの人はそうは言いません。誰が言うことでも聴いておいて損はない、と…。

扉を「開く」か「閉ざす」か

ラトビア出身の偉大なヴァイオリニスト、ギドン・クレーメルは若い頃からクラシック音楽家の演奏を聴くことはなかったといいます。
クレーメルはソリストとして演奏しながら楽団の指揮も同時にやるというスタイルを始めた最初の世代でしょう。
「クレメラータ・バルティカ」という名の合奏団があります。これは、クレーメル自身が創り上げ培った、自身が指揮者であるという斬新で革命的なモデルです。
数年前にリトアニア(ヴィルニュス)に行った時にコンサートで観る機会がありましたが、極めて統率がとれ最高峰といえる音楽的職人資質を十分に備えていました。クレーメルがたとえ壇上にいない時でもその質は決して揺らぐことはないほどでした。
そしてシューマンやシューベルトの作品にかけては、彼の右に出るヴァイオリニストはなかなかいないでしょう。
素晴らしい技術と音楽的解釈をもつ彼ですが、そんなクレーメルはクラシック音楽(家)の愛好家というわけでもなかったようです。
そして代わりに何を聞いていたかというと、

なんとロック・ミュージック

クラシック音楽家でありながらなぜロックンロールなどを聞いていたのでしょう??
彼は若かったものの、自分が描く音楽のスタイルをすでに手にしていました。それを他の信憑性のない音楽家の演奏によって惑わされたり壊されたりしたくなかったのです。
皆がクレーメルの愛好家といわけではないと思います。ただ、彼は彼なりの正しい教師とアイデアを得る源を持つ必要があることを心得ていましたので、決して馬鹿ではなかったのです。

「選択的」に扉を開けよ

もし仮にいつも扉を閉ざしているとどうなるのか?
自分はもう賢くて十分優れているからこんなものは必要ない、と誰の言うことも聞かなくなったり。
前進したり難題に向き合ったりせず、世の中に貢献することもなくなったり。
ほどなくして遠くの方へと消えていってしまうわけです。
ではここまでの話の教訓はというと:
つまり、「選択的」に扉を開く
自分自身の決断とそれに伴う結果に責任をもち、自分に投資しつづけ成長していくこと。
最も適した人物、最先端を走る人物から学ぶ。
実際に自分が目指す場所に既にいる人、自分がこれから歩む道を既に歩んだ経験のある人から学ぶ。
そうすることで、常に扉を開く必要も常に扉を閉ざす必要もなく、自分にとって良いものだけを取り入れて進化していくことができるのです。
あなたが目標とする場所はどこですか?そしてこれからどんな計画を立てますか?

 

松川 暉

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