音楽的素質に関わる最もつまらない(でも最重要な)秘密 (2019年1月15日)

いつものブログの始まり方とは少し変わって、まず最初に私があなたのことを推測してみます

偉大な音楽家になりたい。でも練習や”難しい作業”は好きじゃない。

どうでしょう? 当たり🎯ですね! なぜわかるのでしょうか? (残念ながら読心術者ではありません)

練習が好きな人なんて誰もいないからです(少なくとも「真実」を理解するまでは)。

ピアニストのホロヴィッツも、いくら練習していたにせよ全く好きではありませんでした。

音楽というものはあまりに洗練され、また複雑で、理性的とはとうてい言えない人間にとっては手も届かない存在です。

(人間自体が所詮怠惰な生き物なのにもかかわらず、音楽は反面、人間が造り上げた「理想」の塊のようなもので、とても皮肉でパラドックスを感じます。)

なので、練習が好きではないというのは全くOKです。練習が好きではないのはあなただけではありません。私自身も練習に関しては同じくらい退屈さや苦しみを感じ、100%同じ気持ちです。

しかし、問題なのはここからです

技術的な事は、音楽そのものほど重要ではない。

これは私も以前には信じていた事でした。

あなたがもしこういう風に考えているなら、今ここではっきりと言っておきます;

これは俗説(都市伝説)です。

利己的・自己中心的な考え方をする誰かが都合のいいように捻じ曲げた、理論や根拠に基づかないいい加減な主張です。近年西洋音楽がある国々全般に蔓延する傾向にある、良くない考え方ですね。

現在でもŠevĉík(セブシック)、Schradieck(シュラディック)、Carl Fresch(カール・フレッシュ)、Kreutzer(クロイツェル)、Dont(ドント)など数多くの教本が出ていますが、それをまるで価値のないものとみなしているようです。

音楽的な意図が基となって全てが成り立つという点ではもちろん了解ですが、こういう言い回しは誤解につながり易く、誤ったニュアンスを与えることになります。

ここで重要な問いが、「テクニック(技術)とは何なのか??」ということです。

テクニック(技術)とは、追求する音楽的成果を可能にし、実現させるための手段・方法のことで、先述の「練習」を通じて習得し鍛錬することができるものです。

これにはもちろん、弓の持ち方・扱い方、アーティキュレーション、腕の位置、音程の捉え方、指移動、移弦、のような基礎の内容も含まれます。

これらは全て、一つ一つの音を創り上げていくうえでの本質的な、最も核となる要素です。

これが意味することは??

基礎やテクニック(技術)が完全に習得されてしまえば、それ以上特別に何かをしたり意識しなくても音楽的表現というものは自然と湧き上がってくるのです。

逆に言えば、音楽の演奏において生じるほとんどの問題が、これらの基礎やテクニック(技術)の欠如・不足によって起こるということです。

つまり、テクニック(技術)こそが音楽である、といえます。

音楽無しにテクニック(技術)が成り立つこともなければ、テクニック(技術)無しに音楽が成り立つこともありません。一方が無ければもう一方も存在しない、比翼連理といったところでしょうか。

テクニック(技術)無しに音楽を成そうとするのは、サッカーの試合でボールの蹴り方も知らずにドリブルしようとするようなものです。

そしてこれこそが、(音楽的理想が前提にあっても)全体の9割以上の時間を基礎の確認やテクニック(技術)の向上に費やすべきである理由なのです。

あえて言うなら、これが 「良い」音楽家 と 偉大な」音楽家 の差と言えるかもしれません。

「良い」音楽家は、この”秘密”を知ってはいるものの、厳しい鍛錬に身を砕くということはしないのでしょう。

「偉大な」音楽家は、たとえ厳しい鍛錬でもそれが絶対に必要な事なのだと理解して、それを耐え抜いてこの”秘密”を有効に活用するのでしょう。

でも、「一体どうやって練習したらいいのか?」 「どんな教本や練習曲をいつやればいいのか?」 「どのくらいそれを練習したらいいのか?」と疑問に思う人がいるかもしれません。

それが私がやっている個人指導(coaching)の目的で、体格や頭脳など様々な条件の違いを考慮しながらになるので、全ての生徒に同じ内容を施したり指示を出すわけではありません。問題とその原因を考え、それを克服するための解決策を与え、どのように練習するかという方法論を導き出すことが私の役割になります。

個人指導を希望の場合は、”CONTACT”のページからレッスン/指導を希望する旨を記入して送信して下さい。検討の結果、適性な生徒であれば、その後のプランなどを講じていきます。

 

P.S. テクニック(技術)をうまく操ることができなければ、逆にテクニック(技術)に操られ、その奴隷となってしまうのです。それだけは避けたいところです。

 

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